3月号「仕事と治療の両立支援のために」

 

 3月10日に開催された第5回の事例検討会のテーマは「仕事と治療の両立支援」でした。今回の事例は癌の治療と仕事の両立に悩み最終的には退職せざるを得なかった保健師の事例でした。では家庭医療の視点から「仕事と治療の両立支援」をとらえたらどうなるか?考えてみましょう。

 

 この事例には様々な課題がありますが、それらの課題を整理する際、家庭医療でおなじみの「BPSモデル」が非常に有用である事に気づきました。「医学的な課題」としては、病状や治療の現状と今後の見通しなどが、「社会的な課題」としては、社会的身分や経済的な保障、本人の労働に見合った対価の保障などがあげられます。

そしてその両者が原因で「心理的な課題」のほとんどが発生するように思われます。例えば、「癌が進行してこれからどうなっていくのだろう?」といった病状の不安や「この治療の副作用で果たして働けるのか?」「この治療が効果なかったら次はどうなるのか?」といった治療や将来への不安などは「医学的な問題」からの悩みであり、「働きたいけど周囲に迷惑をかけるのではないか?」と不安に感じることや「金銭的・経済的不安」や「労働に対する正当な評価や対価を得られない不満」などは「社会的な問題」からの悩みです。

 

 仕事と治療を両立しようとする時、不安や心配事はあげたらキリがないほどたくさんあるのが当然です。その1つ1つを紐解くように解決するにはどうしたら良いか?「医学的な課題」については主治医や産業医が、「心理的な課題」については産業医や産業保健師が、「社会的な課題」には事業者や社労士や両立支援コーディネーターなどが主に関わる事になるのですが、この関係者全員が1つのチームになり情報共有した上で相互に連携・協力し労働者をサポートしていければ理想的だと感じています。

 

 現在「治療と仕事の両立支援」については、癌だけでなく脳卒中や難病・肝疾患・心疾患・糖尿病などについて厚労省がガイドラインを作っており労働者や事業者が利用できる支援制度や機関もあります。そうした支援をきちんと利用することで「働きたい」という想いを持つ労働者や事業者を支えていく一助になればと考えます。

 

 かつて癌治療は入院治療が主体だった事もあり癌に罹患すると退職せざるを得ない状況に至った労働者が殆どだったと思います。しかし最近では、癌治療も外来で行われる事が増え「両立」可能なように考えられる時代になりました。ところが、ある会社の嘱託産業医歴30年以上の私でも今まで「治療と仕事の両立支援」に関わったことがないのです。それは何故なのか?これは「両立支援」に辿りつく前に実は退職しているのではないか?と今回の事例を通じて気づかされました。

 

 日本では、癌の約3人に1人は20代から60代で癌に罹患し、仕事を持ちながら通院している労働者が多くいますが、癌と診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%、そのうち初回治療までに退職・廃業した人は56.8%となっている現状があります。産業医は、労働者に対して「癌になっても仕事を辞める決断を急がないように」アドバイスするとともに、事業者に対しては「働きたい」と強く思う労働者が安心して働けるサポート体制構築の手助けをする役割が求められていると思います。こうした現状がある事を踏まえた上で産業医が家庭医マインドを持ち、プライマリケア医が産業医マインドを持てれば、「治療と仕事の両立」を諦め退職していく人々を少しでも減らす事ができるのではないかと期待しているところです。

 

                        2022年3月

                        富田 さつき